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Novel 〜第1章〜

小説

Beginning of GenesisGirl section 3

「ここなら安全なようです。少し休んでいきましょう」

 近くの水場まで移動すると、ゴードンが周りをぐるりと見渡してからうんと一つ頷いた。
 すると、ゴードンの肩の上に担がれていたメイが、バランスを崩して足をバタつかせる。

「わ、わかったから……」

「早くおろして下さい、もう大丈夫ですので……」

 反対側の肩に座っていたリコもまた、角にひしっとしがみつきながらゴードンに声をかけた。
 二人の言葉に、ゴードンが慌てて身をかがめる。

「これは失礼しました」

 メイとリコが、ゴードンに支えられながらゆっくりと肩から降りた。
 肩の上で揺られていたせいか、まだ足下がふわふわしているような気がしてしまう。メイが伸ばした手を、リコがそっと握り返した。
 ゴードンは近くにあった小岩を運んでくると、二人の前にドンと置く。

「こんな形で恐縮ですが、どうぞこちらでお休みください」

 そして岩の上にさっとマントをかぶせると、片膝をついて頭を垂れた。
 するとリコが慌ててゴードンに駆け寄る。

「そ、そんな。お礼をするのはこちらの方です」

「そうよ、危ないところを助けてもらったわけだし」

「いえいえ、歌聖使(アンジェ)様たちに粗相があっては、このゴードンの面目が立ちません。それに、お二方の聖なる声無くしては私の身が危なかったことでしょう。どうぞ、お気づかいなさらず、こちらにお座りください」

 なおも姿勢を崩そうとしないゴードンの様子に、メイとリコが顔を見合わせる。
 少し悩んだものの、二人はマントの上にそっと腰をかけた。

 雲一つ無い青い空を見上げると、大きな翼の鳥が音も無く滑空している。そよそよと吹く風に揺られた下草が、さわさわと心地よい音を奏でていた。
 ゲームの中の世界ってきっとこんなのだろうなぁ、そんなことを思い浮かべたメイがはっと身体を起こす。

「のんびりしてる場合じゃ無かった! ねぇ、ここってどこなの?」

「ここ、ですか? ここはガオヤーン大公国となりますが……」

「なにそれ!? そんな国、聞いたことがないんだけど! 冗談言うのはやめて!」

「いえいえ、ここは間違いなくウィロー協定第八席の加盟国、ガオヤーン大公国の領地。お二方は歌聖使(アンジェ)様としてこの地に招かれたのでしょう」

「いったい何を言ってるの……?」

 ゴードンの言葉に、メイが声を震わせる。
 すると、隣にいたリコが恐る恐る口を開いた。

「わたしたち、異世界に来ちゃった……ってこと?」
「異世界って、まさか、小説とかマンガとかアニメとかで転生するあの異世界ってこと? リコ、やめてよー。そんなの現実に起こるわけ――」

 そんなわけがないと否定しようとするメイ。
 しかし、リコの言葉にゴードンは深く大きく頷いた。

「イセカイ……、確かにアンジェ歌聖使様たちは我々が暮らすこの世界のことをそう仰います。やはり、お二方もアンジェ様で間違いなかった」

 ゴードンは一人納得すると、背中に背負っていた大剣を鞘ごと外して足下に置く。そして片膝をつくと、二人に向かって深々と頭を下げた。

「伝承通りにアンジェ歌聖使様をお迎えできたこと、大変光栄です。このゴードン、お二方の従者として、命に替えても全力でお守り申し上げます」
「ちょ、ちょっと待って。全然理解がついてこないから! って、リコー!?」

 気がつくと、リコが胸の前で手を結び、辺りを見回していた。その口元には笑みがこぼれ、目はキラキラと輝いている。

「これがあの異世界……! 」

「いやいや、感動してる場合じゃないからね? 学校とかレッスンとかどうすんのよ!?」

「まぁまぁ、とりあえず落ち着こう?」

「どうやって落ち着けっていうのよ! あ、そうだ! とにかく誰かに連絡とらないと……」

 メイはいつの間にか元の形に戻っていたスマホをポケットから取り出すと、メッセージアプリを立ち上げた。
 しかし、画面に表示されていたのは無情にも「接続できません」のメッセージ。メイの顔色がさっと青ざめる。

「うそ、電波入ってないじゃん」

 スマホのボタンを操作したり、機内モードのオンオフを何度も切り替えたりしてみるが、一向に反応はない。メイの額から汗が流れ、その顔には焦りの色がにじんでいた。

「あーもう! なんで、なんで……」

 とにかく何とかしようとスマホを操作するメイ。
 するとその時、不意に隣からぐいっと抱き寄せられた。

「メイ――」

 急に視界が暗くなり、ぽふっと柔らかな感触に包まれる。トクントクンと響く鼓動が心地良い。いつまでも浸っていたい、このままゆっくりと眠ってしまいたい――。

「って、寝てる場合じゃないんだって。てか、リコ! 急に何するん?」

 ふるるっと頭を振りながら、メイがリコの顔をまじまじと見つめる。
 それに対し、リコはふふっと笑みを浮かべながらメイの頭をそっと撫でた。

「どう、ちょっと落ち着いた?」

「お、おちついた……というか、びっくりするわ!」

 メイが大きな声を上げると、リコがペロッと舌を出す。

「ごめんごめん。でも、焦ったって仕方が無いかなーって」

「で、でも、どうするの? みんなとだって連絡とれないし、これからどうすればいいのか……」

「そりゃわたしも心配だけど。うん、たぶん大丈夫」

自信満々に答えるリコ。しかし納得がいかないメイは、なおも首をひねる。
 するとリコがメイを再びぎゅっと抱き締めた。

「一人なら心細いけど、メイが一緒だもん。何とかなるなる、大丈夫」

「……まじかー、それでいいのかー。そんなんでいいのかー」

 あまりにものんびりした答えに、メイはすっかり毒気が抜かれてしまう。考えること止めたメイは、しばらくの間リコになされるがままとなっていた。

(続)

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