Beginning of GenesisGirl section 4
ゴードンが汲んできた水でゴクリと飲み干すと、メイはふうと大きく息をついた。
「えーっと、もう一度確認するけど、ボクたちは『異世界』に来ちゃったってことなのね」
真剣な眼差しを送るメイの言葉に、ゴードンがコクリと頷く。
「歌聖使(アンジェ)様の言葉をお借りすると、そういうことになるかと」
「本当に異世界なんだぁ……」
「はいリコ、トリップしなーい。まあ、夢なのかゲームの中に取り込まれたのかわかんないけど、異世界ってことはとりあえず事実として受け入れるしかなさそうね。じゃあ、もう一つ質問いい?」
「もちろんです」
二人の前で跪いたまま、ゴードンが大きく首を縦に振る。
まるで姫に仕える騎士のような態度にくすぐったさを覚えながらも、メイは質問を続けた。
「さっきからボクたちのことをアンジェって言ってるみたいだけど、それって何なの?」
「歌聖使(アンジェ)様は、天より使わされた神に仕えし者。その聖なる歌声で人々の心を癒やし、我々に神の力を授けて頂けるありがたいお方なのです。いやはや、我々の前にも歌聖使(アンジェ)様がお出まし頂けるとは、このゴードン、感無量でございます」
よほど感動が大きかったのか、ゴードンの目はうるうると潤んでいた。
しかし、メイは困惑の色を隠せない
「いや、ボクたち、普通に高校生なんだけど……」
「でも、アイドルもやってるよ?」
「いや、そこじゃなくてさ。別に天使とかそういうのじゃなくて普通の人間じゃんって話で」
「そこはほら、転移チートってやつじゃない?」
「あー……」
あっけらかんとしたリコの言葉だったが、メイはある程度納得せざるを得なかった。
何もかも現実のものとは思えないが、そもそも異世界に来てしまったこと自体がファンタジーである。何があってもおかしくはない。
すると、まだ戸惑いを残したメイにゴードンが声をかけた。
「先ほど私が魔物に押し込まれてしまった際、歌聖使(アンジェ)様の歌が私の力となりました。これがお二方が歌聖使(アンジェ)様であるという何よりもの証拠かと」
「でもそれって、応援されたから元気になった、みたいなヤツじゃ?」
メイはなおも首をかしげるが、ゴードンは首を横に振る。
「いえ、あの歌には確かに聖なる力がこもっておりました。その聖なる歌声の力で私の力が何倍にも膨れ上がりなり、押し返すことが出来たのです。本当に感謝申し上げます」
「そういえば、あの時誰かが『歌いなさい』って言ってなかったっけ?」
「あー、言われてみれば……」
ふと思い出したようなリコの言葉に、メイもあの時のことを思い出していた。確かに透き通るような声を聞いていたのを覚えている。声々をリコも聞いているのなら、聞き間違いや幻聴といったものでも無いのだろう。
メイはもう一度頭の中を整理していくが、なかなか理解が追いつかない。これは果たして夢なのか、それとも現実なのか。
するとその時、リコが一つの歌を口ずさみ始めた
『僕ら夢を見る 眠ってないのに♪』
メイがきょとんとしていると、リコが見つめ返してきた。
その眼差しに引き込まれるように、メイも歌の続きを紡いでいく。
「夢描いて 今を 生きるんだ?」
『だから 前を向く♪』
「涙の昨日だって 受け止めて」
『夢を~♪』
『『夢を~♪』』
二人にとって大切な曲の歌の一節を歌い上げると、リコがにっこりと微笑んだ。
「正直、私も今どうなってるのかわかんないし、いきなりアンジェって言われても全然ピンとこない。でもね、もしゴードンさんの言うとおりだとしても、歌を通じて気持ちを届けて、みんなに元気になってもらうってのは、 たぶん今まで私たちがやってきたことと一緒じゃないかな」
「まぁ、そう言われればそうかもしれないけど……」
「きっとそうだよ。こうしてメイちゃんが隣にいて、一緒に歌うってのは変わらないよ。だから、うん……、メイちゃんと一緒ならきっと頑張れると 思うんだ」
リコはそう言い切ると、うんと一つ頷いた。
同じように頷いて答えようとするリコだったが、口を開く前にリコの手元が視界に入る。
ぎゅっと握りしめられた拳はぶるぶると震えていた。
メイはふっと頬をゆるめると、リコをぎゅっと抱き締める。
「もー、リコも強がってるだけじゃん。でも、ありがとう。リコのおかげで元気出た」
リコの背中に手を回し、優しくポンポンと叩くメイ。
リコもまた、メイの背中に手を回しながら、耳元でささやく。
「ずっと、一緒だよ?」
「もちろん。二人で頑張ろうね」
メイもリコにそっと言葉をかけると、もう一度ぎゅっと抱き締めた。
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「ゴードンさん、おまたせ」
ようやく落ち着きを取り戻したメイが、椅子代わりにしていた岩から立ち上がり、スカートを払った。
「いえいえ、現世に降臨されたばかりでは戸惑いも大きかろうと。しかし、お任せ下さい。このゴードン、歌聖使(アンジェ)様がお困りにならぬよう、全身全霊を持って仕えさせて頂きます」
「あー、うん、それなんだけどさ……」
メイが何かを言いかけたが、その言葉よりも早くキュルルルとかわいい音が鳴りひびいた。
目をパチクリとさせながら振り向くメイ。すると、リコもまた目を点にしていた。
「メイ、さすがにこのタイミングでお腹を鳴らすのは無いと思うの……」
「わ、わざとじゃないし……!」
(続)